2018年8月30日木曜日

人手の分配不足



目次

  • 企業の人手不足と通貨循環
  • 認識の偏りと情報戦略


まとめ


企業の「人手不足」を考える時、その印象だけを用いて経済全体まで供給能力不足と考える向きがあるように見えますが、
通貨循環(購買力)が不足しても物資や労働力の分配が停滞し、結果的に人手不足(業務消化不良)は起きると考えられます。マスコミ等は通貨循環を無視して供給能力に問題があるかのように言っていますが、まずは両方の可能性を考えたほうがいいかと思います。


企業の人手不足と通貨循環


世間で考えられている企業の人手不足の背景は、市場における労働供給(ひいては物資の供給能力全体)の不足のようです。ですから、通貨循環(購買力)に不足はないという認識を前提にしているということにもなります。このことについて考えてみます。



物資が不足する2つのケース


下の図では経済を水道に例えています。物資の分配が滞るケースとして、供給能力不足と通貨不足の二通り考えられます。物資をより多く受け取るためには供給能力を増大させるだけでなく、通貨(請求権証明)の分配を増大させる必要もあります。いくら店先に商品を並べても誰も必要な通貨を持っていなければ分配は機能しません。

 


労働力供給は過剰


企業活動では外部から分配されるモノやサービスは労働力や生産設備などですが、これらは通貨の支払いで請求します。ですからもし市場に供給される労働力が、その購買力に対して不足気味なら賃金は上がると考えられますが、実際は伸び悩む傾向です。従って実際の労働市場は労働力供給が過剰な状態であり、企業に労働力や生産設備が不足するのは、購買力低下による分配の問題ではないかと考えられます。
 


人手の「分配」不足


通貨循環が不足するということは収入と支出が不足するということですから、企業の購買力は低下し、市場に対して生産設備や労働力などを請求できなくなるということが考えられます。市場の購買力(有効需要)が低下すれば、労働力やその他商品は相対的に供給過剰気味になり、低物価や低賃金になると考えられます。


 同様に消費者の購買力も不足しますから、低売上になると考えられます。企業は売上維持のためによりたくさんの仕事をこなさなければならなくなりますが、同時に労働力や生産設備を満足に請求できなくなり、結果として業務消化が困難になっていくのではないかと考えられます。
 

 

供給過剰と通貨不足について


 労働供給が過剰になる理由の一つとして、自動化が考えられます。労働力の供給側には、生活のために収入が必要な人が大勢いますが、自動化によって人件費削減圧力が起きて、労働市場の購買力が失われて供給過剰になっていると考えられます。また、通貨発行の問題として準備預金制度が考えられます。通貨が借金として市中銀行から発行されるようになっており、そのことが通貨管理の困難さ、利子負担や金融ショックといった通貨システムの不安定さ等の原因になっているということです。 
 


認識の偏りと情報戦略


世論では不況=供給能力不足という前提が当然だとされているように見えますが、その認識を率先して広めているのは報道機関と政府機関のようです。それらについて考えてみます。

 

「供給能力不足に違いない」=「能力・努力不足に違いない」


供給能力が不足しているという前提に立つと、不況や貧困といった問題は、能力や努力が足りないからという解釈になると考えられます。現実の不況が通貨(購買力)の不足によるものだった場合、いくら能力向上や努力をしても物資の分配に増大はありませんから、遅かれ早かれ技術的失業などの影響によって、過重労働やブラック企業的な運営に突入すると考えられます。筆者の眼には生産要素に負担を求めようとする傾向と、ブラック企業的な組織運営を容認・礼賛する傾向は比例するように見えます。
 


マスコミの誘導


マスコミの動向について触れておきます。購買力不足(デフレ)を実質的に黙殺する一方、少子化・人手不足を不況の原因であるかのようにそれとなく見せ、世論を誘導している節があるからです。その認識を前提にしているとみられる意見には、例えば外国人労働者受け入れを強化せよといったものがあります。市場の供給過剰が深刻化するだけなら、企業や労働者の低賃金や低売上、低購買力といった問題は改善しない可能性が高いと考えられます。

購買力に対して人手や生産能力が不足しているなら、賃金や物価はなぜ上がらないのかという疑問もあります。これについてマスコミはデフレと一緒に黙殺する方針であり、企業と労働者が売れないモノを作り続け疲弊していくことを許容していると言えるのではないかと考えられます。
 


「生産性向上」より優先すべきヘリマネ


マスコミ等から聞こえてくる「生産性」云々についてですが、物資の供給能力を向上させ、より効率的に業務を消化できるようになれば、自ずと労働環境も改善するだろうという意味合いが含まれているかと考えられます。しかし、購買力以上に生産しても売れない(分配できない)ため、技術的失業によって労働環境が悪化する可能性のほうが高いと考えられます。現在の優先事項として、通貨の発行と消費者への直接的な分配(ヘリコプターマネー)によって分配体制を整える方が適当ではないかと考えられます。
 


誘導の目的と基本的な姿勢


報道によると政府内部にはデフレ脱却宣言を望む人間がいるそうです。財務省は消費増税をして市中から通貨を回収することが目的であるとみてよいかと思います。行政や議会は「国の借金」を問題視して財政収支を気にする割に、その根本の借金として通貨発行するシステム(準備預金制度)の是非に全く触れませんし、言動も近年は特に生産性向上と消費増税に偏っているように見えます。

マスコミもそうですが、これらの機関は生産性不足が問題であり購買力不足を認めない立場ということが推測できます。こうした機関の動向について、経済問題が通貨システム由来であることを隠蔽し、その負担や原因を消費者や生産者(企業や労働者)へ転嫁しようとしているようにも見えます。



緊縮と反緊縮を水道で例える


 下の図は経済政策に関する緊縮と反緊縮の構図を、自分の理解から大雑把にまとめてみたものです。この例えでは「蛇口が閉まっているから分配される水が不足している、だから蛇口を開ける」と言うのが反緊縮的な考えで、「給水能力そのものが足りないから水が不足している、借金等もあるので蛇口は閉める」と言うのが緊縮的な考えかと思います。先にも述べたマスコミや官僚・政治家・その他経団連等は緊縮的と言えます。


 

違う角度から見てみよう



 長々と説明しましたが改めてまとめると、まずは供給能力と通貨の両方の視点を持つといいのではないかということです。経済に関しては、生産能力偏重で通貨循環(購買力)側への視点を欠いた場合が多く、そのことが貧困の根本的な構造を放置すると同時に過重労働など無理な選択をとる原因にもなっていると考えられるからです。いくらマスコミが言うように力んで給水能力を上げてみたところで、蛇口を開かなければ水は出てこないということです。