2019年11月25日月曜日
縄文時代
小林達雄「縄文文化が日本人の未来を拓く」徳間書店
↑これをちらちら読んでいました。
特に強く興味を惹かれたのが、縄文土器の形や文様は縄文時代の人々の世界観であるという主張です。教科書か何かで見た時は生物的で異様くらいに思っていました。土器に水や食べ物を保存したりしていたなら、土器はそれらの恵みをもたらす自然のシステムに見立てられたのかもしれません。もしかしたら土器のでこぼこな縁は山や草木を表現していたか、ぐねぐね模様は地下を巡るマグマのような、力の流れだったのでしょうか。これらの文様や形状は同じようなパターンが頻出するのだそうです。それこそ縄文時代に共有された世界観だったのではないかというような意見を著者はされています。たしかに、そんな目で見てみると機能美とはまた別の面白さがあります。
当時の労働時間は日に2~3時間だと推測されているそうです。そのくらいで済む余裕がなければ土器にわざわざ機能性を下げるものなんて付けてられないと思うので妥当な推測な気がします。私も2~3時間作業したらいっぱいいっぱいになりますが、それくらいではろくに生活できる気がしません。縄文時代に産まれた方が楽しかったかもしれないと思うのは後ろ向きにすぎるでしょうか。
著者が農耕に対してあまりいい印象を持ってなさそうなのも面白かったです。面白いと言っていいかわかりませんが。農耕社会より狩猟採集社会のほうがビタミン・ミネラル等の栄養状態はよかったと言いますが、そんな気もします。分子栄養学やら糖質制限論者の方々もそんな主張をしていた記憶があります。栄養が炭水化物に偏るとビタミン消費が激しいとかエネルギー産生効率が低いとか、要は農耕は実はあんまりよくない面があるとかの主張です。縄文時代に実に様々な食べ物を旬の季節に食べていたそうですが、毎日パスタとサプリばっかりの私の生活より間違いなく豊かです。縄文時代はこの花が咲いたらあの生き物が旬、みたいな知識もあったようです。旬のウニとか魚とか肉とかを食べていたそうです。
三内丸山のあの大きな6本の柱が一種の日時計だというのは、なるほどと思いました。 実際どうだったかはわかりませんが、まず発想が面白いですし、冬至や夏至の太陽の出入りの方位等と柱同士の位置関係を照らし合わせた理屈も合っているようです。
縄文時代からあるがままの自然を重要視していてそれが後々まで通じている、というのはなんとなく納得できるところがあります。渡部昇一「日本史」に書いてありましたが、律令制を模倣して導入した際に神祇官を上位に設けたのは、オリジナルにはない日本のアレンジだそうです。最近の私は自然に学ぶ大事さを痛感しているので、このような意見や出来事に得心するものを感じます。人為的なものが必ずしも自然に照らして間違いとは限らないかもしれませんが、BIの必要性や債務通貨みたいなものを考えていると、自然を無視して視野狭窄に陥ることの危うさを強く感じます。